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☆くるみごと☆

くるみ / 2021年02月27日

 

美容師になって11年が経ちました。
美容師として、多くの方と沢山の月日を過ごし、ゲストとともに歳を重ねてきました。入学、卒業、成人、就職、結婚、出産、転勤、いろんな人生の節目を共に過ごさせていただく中で、ふと、ゲストにとって私が『人生最後の美容師』になる時が来るのだろうか。。と、考えることがありました。

 

大好きなゲストの大切な人生が終わるとき、
私はその人にとってどんな存在でいれるだろうか、美容師として何ができるだろうか、、でも本当はそんな日なんて絶対にきて欲しくなくて、考えるのも怖くて、ずーっと先の。ものすごーく先の未来に、そんな日が来ることがあるかもしれない。なんて漠然と考えていました。

ただ私の目の前に『そんな日』は、

突然やってきました。

赤い服がトレードマーク。寒い日も長袖は苦手なの。と半袖でいつも元気な松本さん。大好きな松潤の出てるテレビは全部録画して、梅田にポスターが貼り出されればひょいと観に行ってしまう82歳の松本さん。2ヶ月に一度、いつもの松潤cutと真っ白になった髪をカラーしにご来店してくださる松本さん。
そんな松本さんの異変に気付いたのは昨年の12月のことでした。担当させていただいて7年。いつも元気で、発する言葉ひとつひとつが丁寧でポジティブな松本さんが帰り際に『最近ちょっとしんどくてね。』

ポロっと言った一言でした。ただその言葉が頭から離れず、ずっと胸騒ぎがしていました。2ヶ月経ったらまたいつもみたいに『松本ですー。くるみちゃんおるー?』って電話がかかってくる。大丈夫。大丈夫。あと一日待とう。あと一日。何度も自分に言い聞かせました。

私にとって松本さんは大阪で美容師を続ける原動力になっていた方でした。annで働いて11年。その長い月日の中で何度かannを辞めて福岡に帰ろうかなと思ったことがあります。そんな私の心の内を松本さんは見抜いているのかいないのか、突然『くるみちゃん。福岡に帰ったりしない?』『私くるみちゃんおらんようになったらどうしたらいいか分からんわー』と言うのです。必要としてくれる人が大阪にもいると思うと、パワーが湧き、この場所で美容師を続けることが出来ました。
そんな松本さんから電話が来たのは前回のご来店から3ヶ月が経とうとした頃でした。妹に頼んで送ってもらった福岡限定の松潤カラーのライブグッズを早く松本さんに渡したくて渡したくて…。そんな想いを抱えながら、飛びついて電話に出ると、電話の向こうから聞こえるのは松本さんの少し申し訳なさそうな声。
『くるみちゃんに髪の毛してもらいたいの。でも私ちょっと痩せてしまってね。そこまで行けるか心配なのよ。体力がほんとに落ちて。痩せてしまってね、ご迷惑かけないかしら。』私は涙をぐっと堪え、松本さんのおうちに1番近いanco店で施術させて下さい。と伝えました。

3ヶ月ぶりに会える約束の日。

私は松本さんを待ちました。嵐のライブグッズを渡した時の松本さんの笑顔を想像して。。ですが、私があの大好きな松本さんの笑顔に会えることはありませんでした。

 

後日、息子さんから電話があり、私と松本さんがカットの約束をしていたことに驚かれていました。あの日私に電話が来た時にはもう松本さんは歩くのもやっとの状況だったようです。

それでも

綺麗にして人生最期の日を迎えたい。

と私に電話してきてくれたのだと思います。

ありがとうという言葉以上の

愛と信頼が私に降り注がれた日でした。

 

2019年2月27日。

私が店長としてお店に初出勤した日。

松本さんは遠い遠い場所へと旅立っていきました。

 

私が店長になることを。

私が大阪にずっと居ることを。

1番に想ってくれていた松本さん。

松本さん。

私、店長になりましたよ。

まだ受け入れられなくて今でも街で赤い服を見るとあなたじゃないかと胸がざわつきます。

 

あなたにとって私は人生最期の美容師にふさわしい人間でしたか?

私はあなたの人生最期の美容師に

選んでいただけたことを誇りに

これからも美容師として生きていきます。

私の人生にあなたがいたこと。

あなたの人生に私が少しでも関われたこと。

本当に嬉しく思います。

ありがとうございました。

ann HEARTS  くるみ

 

 

店長になって丸一年が経ちました。

この文は昨年の会社行事で書いた作文です。

一年の節目に大好きなゲストとの大切な最期の思い出を形に残しておきたくて投稿させていただきました。